教育

将来ホームレスになりそう

今日の日経新聞の夕刊で、福井県坂井市の中学校で、

卒業文集に「将来ホームレスになってそうな人」として生徒が

14名ほど順位付けされていたことが問題になった、

という記事が載っていました。アンケート結果に基づくもので、

他にも「ヤンキーになってそうな人」「歌が下手そうな人」という項目も

あったようですが、この記事を読んで、ちょっと考えてしまうのは、

プラス項目の紹介だけだったらOKなのか、ということです。

よく、大学のサークルでやるアンケートは「将来、大物になってそうな人」

「この人なら抱かれたい」「妹にしたい」「嫁にしたい」「婿にしたい」といった

ものですが、結局、選ばれなかった人はそれなりにショックを受けます。

「ホームレス」という表現がよくないのかもしれませんが、

「自由気ままに暮らしていそう」とか「リュック1つで世界一周してそう」

だったらOKなのか、という疑問もあります。保護者が地元紙に投稿し、

教育委員会が調査したことで発覚したそうです。

生徒にしてみれば、携帯の「裏サイト」とかで掲載している情報の中で、

比較的おとなしい、シャレで通じそうなものを卒業文集に出してみたら、

予想以上に反響が来てしまった、といった程度ではないかと思います。

「いじめ」に近い内容であったなら、文集が出る前に、生徒自身が

先生へチクるのが普通だと思いますし。

「閉じられた」デジタルの世界では多少過激なこともスルーされているのに、

「開かれた」紙媒体になると、周囲の人間から規制される、という経験は、

「大人」へのステップとしては良いと思いますが、どうせ調査するなら、

裏サイトまで突っ込んで調べて欲しいものです。

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大学期末試験の作成指針

海堂尊さんの「ジーン・ワルツ」を読みました。

主人公の助教(大学の中で、教授・准教授・講師に続く職位)が、

所属する研究室の教授とやり合う場面があり、

その中で、カリキュラム委員会が、医学部の期末試験について

「マルチプルの選択式問題で統一することが望ましい」という指針を

出している、という設定が出てきました。この指針が採用された理由は、

「試験問題を作成する現場医師たちの労力を第一に考えた」

と紹介されています。本筋とはあまり関係ないので、突っ込んだ記述は

ありませんでしたが、この理由は表面的で、本当の理由を隠しています。

問題作成の手間を考えると、記述式の方がずっと楽です。

選択式の場合、誤答を上手く作らなければいけませんし、

極端に易しかったり、逆に、重箱の隅をつつくようなマイナー知識を問うものに

なる危険性があります。本当の理由は、現場医師の負担軽減ではなく、

成績評価に対してクレームを言ってくる学生(又は保護者)の

相手をしなければいけない「教授」陣の負担軽減にあると思います。

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「大学」一辺倒の高校教育

連続で「東洋経済4/12号」からですが、橘木俊詔さんが

高校教育についてコラムを書いています。曰く、

普通科教育が過剰に重視されていて、大学入試で問われる

国語・数学・英語・社会・理科といった教科を習う生徒が圧倒的に多く、

これは生徒本人の能力、やる気などの違いを考慮せずに、

「大学に進学させたい」という親の希望(生徒の希望かもしれませんが)

に応えたものだが、高校進学率が95%以上という状況下では、

非現実的といえます。本来であれば、学力の低い高校生は、

工業科・商業科・情報科などの職業教育を行う高校へ進学すべきところ、

実際には、これらの専門高校は生徒数の減少に苦しんでいます。

本当は、高校の次のステップである大学が、職業に役立つ技能の養成にシフトして、

専門高校出身の生徒の受け皿になるべきですが、

「大学」に対する規制や一般通念などが立ちふさがり、

職業訓練校的な大学は恥ずべき存在と見なされています。

ただ、橘木氏は明確に「職業訓練校的な大学」を許容する方向で

述べていますし、現実を踏まえれば、大学も「二極化」せざるを得ない

と思われます。あと必要なのは、「二極化」を正当化するサイエンスです。

橘木氏は、誰にでも等しく能力がある、と決めつけるのではなく、

生まれつきの能力差をが教育にどのような影響を与えるかを

サイエンスとして研究することが教育改革の出発点となることを示唆しています。

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